いじめ問題キレる子供-教育委員会やPTA人権講演会講師 不登校や登校拒否 いじめ人権講演会の人気講師



















会社案内


私が体験した、いじめ・キレる子どもの目線





はじめまして。笹岡郁子です。
私は、いま10代の人権講演会講師をしていますが、
昔の私はダメ人間でした。

ですが、家族や学校の先生たちのお陰で人生が変わりました。
「ひとりひとりが輝くために」の講演会では、3つのことをお話しています。

1つ目は、「いじめと不良のきっかけ」
2つ目は、「何がキッカケで立ち直れたのか」
そして3つ目は、「大人の役割」です。

私の体験、キレる子供の気持ち、子供の目線を通して、10代のSOSをお話させて頂きます。











岩手県奥州市教育委員会

家庭教育支援総合推進事業講演会

テーマ:「子どもたちの人権問題と青少年健全育成」
奥州市教育委員会事務局

胆沢支所 社会教育指導員
    
千葉 ツエ子 様





徳島県PTA振興大会

21世紀をになう子どもたちをそだてるPTA活動

テーマ:「1人ひとりが輝くために」
徳島県立総合教育センター

生涯学習課 学習支援担当

社会教育主事 濱田 雅子 様


 



■講演会参加者の皆様からの感動の声です



 






■教育委員会、PTAの方へ(人権講演会)

〜いじめ・キレる子供 10代の人権問題〜

「子どもたちに大人がどう接していけば良いのか」是非、講演会で話して下さいと依頼をいただきます。

私は、「いじめ」「不良」、2つの経験をしてきました。

いま問題になっている
携帯メールが引き起こすいじめ問題
親に刃物をふるうキレる子供、両方の気持ちが分かります。

だから、いじめを受ける子供の目線、キレる子供の目線でお話しています。


学校の先生や親にもっともっと気づいて欲しいことは、いじめには「見えるいじめ」と、「見えないいじめ」があります。

見えないいじめ、子供のSOSに気づいてやって欲しいのです。

でなければ、いじめに耐え切れない子供が選択する道は、1つしかありません。報道されるたびに子供の無念さを感じます。

私は、絶対いじめは許せません!

日常の中で必ず見つけられる、見えないいじめを見つけてあげることが、大人の役目だと私は思っています。

そしてキレる子供は、急にキレません。
キレる子供だってSOSを発信しています。

これを大人が「思春期だから」そう思い込むと、キレる子供のSOSも見えないのです。

キレる子供がエスカレートしていくと、狂気にも似た憎悪を友だちや大人、世間にぶつけていきます。

私にも覚えがあります。生きる希望を持てなくなったとき、親に迷惑かけるとか周囲のことが考えられなくなり、どうでも良くなるのです。

だからキレる子供がエスカレートする手前で、子供の言いなりにならず、体を張って向き合って欲しいと思っています。

キレる子供に届くのは、大人の本気の姿勢です。
逆に世間の目、体裁をつくろった大人の姿勢に、半端じゃないほど反抗的です。私もそうでした。

ですから、大人の本気の姿勢を、繰り返し繰り返し見せつけていくことで、「これ以上やったら迷惑かける。」キレる子供の心にブレーキがかかります。

私は、カリスマ教師に出会ったわけではなく、いつも見慣れた大人、いつもと変わらない日常の中で、立ち直っていきました。

私自身が、子供のSOSを見つけられる大人になることが大切だと思っています。

 




私は、いま、人権講演会の講師、社員研修の講師をして先生と呼ばれる立場にいます。三菱 化学、四国電力、新日本製鐵の超一流企業のエリートサラリーマンを前に研修をすることもあります。

しかし、誰もが納得するような、華々しい経歴を持っている優秀な人間だったわけではありません。

それどころか昔は、手のつけられないヤンキーだったのです。

10代のとき、病気がキッカケで非行に走りました。
生きることさえ希望を持てずに、不良グループの仲間入り。
そこからは坂道を転げ落ちていく10代でした。

あの頃の私は、自分の感情をどうコントロールしていいのか分からなかったのです。

それは小学生のときに遭ったいじめに遡ります。

何年経ってもいじめは忘れられない出来事です。
だからこそ正直にお伝えしていこうと思いました。

はじめて眼鏡をかけて登校した日、一部の同級生たちから「めがね猿」という言葉のいじめが始まり、次第に私の身体的特徴へいじめは加速していきました。

いじめに終わりなんてないから、ただ耐えるだけ。
卒業の日を待つことがことしか希望はありませんでした。

私には、小学校時代のいい思い出なんて1つもないんです。

ただ4年生のとき親友に出会えたこと。この親友に支えられたことは、何にも替え難い出来事でした。

よく2人で学校が終わってから、自転車をこいで地元に浜辺に出かけて行きました。
海に沈んでいく真っ赤な夕日を見ながら、お互い励ましあったあの日。

親にも言えない学校での苦痛を友だちは受け止めてくれ和らげてくれました。私たち2人とも、学校でいじめを受けていたから支え合ってきました。




同級生が憎くて仕方がない、悪夢のような小学校時代が終わったかと思うと体の変調が見え始めた中学生のとき、あの忌まわしい事件が学校で起きたのです。

私の病気が学校中に知れわたるあの事件によって、先生や大人が嫌いになっていきました。

10代なんて、社会経験がないから身体的コンプレックスを笑いに変えるほど強くありません。

寄ってたかって、私の変形している体を同級生たちは面白おかしく聞いてきました。心も破れてしまい、耐え切れなくなったんです。

私の心の中が破裂するのにそう時間はかからず、次第に手が付けられなくなっていきました。

どれほど悪かったかというと、中学校の頃、パーマをかけて髪の色を金髪に染め、制服には、いつも煙草の匂いが染み込んでいました。先生が大嫌いで、反発ばかりしていました。

「笹岡!!パーマかけてるだろう?」

グラウンドで部活をしていた生徒たちが、いっせいに振り向いてこちらに注目するほど、大きな声で先生が、私に怒鳴りつけました。

「かけてないよ。」
「嘘つけ、じゃぁこい!」


先生は、私の制服のブレザーの襟元を、首が苦しくなるくらい上につかみ上げました。

そのまま、水飲み場に引っ張り出され、蛇口のところに頭をつけられ、水を流されそうにな りました。

こんな格闘技さながらの取っ組み合いが、毎日のように繰り広げられていました 。

しかし、こんな風に私が手のつけられない生徒になった理由。
それは、学校で起きたあの事件と、そして15歳のある日、耳を疑う医者から障害者の宣告を受けた衝撃の日。

この日を境に坂道を転げ落ちていきました。

 




脊柱そくわん症という背骨の曲がる病気で、ブレザーを着ていてもくの字に曲がった背骨の出っ張りが目立つほどでした。

一度曲がり始めた背骨は加速していき、内臓を圧迫し始めました。体育の授業で、たった1周 のランニングが、胸を押さえてかがみ込むほど、呼吸をさえぎるほどでした。

そして、この病気を治すためには

・リスクのある手術をするか
・普通高校に通わず養護施設でリハビリをしながら治すか

2つしかありませんでした。

年の離れた大人に、明かりで浮き出た背骨のレントゲン写真の説明を受け、どちらかに決めなさいと選択を迫られて、唇が震え、涙がぽとぽと制服のスカートに落ちました。

15歳の私は、「もう、差別を受けたくない!」「もう、いじめられたくない!」あっさり不 良の仲間入りをしていったのです。

10代後半は、やり場のない怒りを外にぶつけて過ごしていました。

こうして更生するのに6年、7年とかかりましたが身近にいた大人たちのお陰で、私は立ち直ることができたのです。

私を取り巻く防波堤

■親友
■家族
■高校で出会った、たった1人の先生

この防波堤によって、奇跡的にも立ち直ることができたのです。

こうした私自身の体験から、いじめを受ける子供の目線、キレる子供の目線でお話しています。

講演会では、10代のお子さんを育てていらっしゃるお母さま、PTAに参加されているお母さまに家庭でできるお子さんのSOSを見つけるために必要なことをお伝えします。

また私の講演会は講話のみでなく、同じ時間を共有していただくため「挙手」での参加型です。実際、いじめ・キレる子どもの目線を体験していただきたいと思っています。

 

■演題

【学生向け】ひとりひとりが輝くために
【大人向け】いじめ・キレる子どもの目線〜親が見落とす10代のSOS〜

1.小学生のときに受けたいじめ
 なぜ親は子供のSOSを見つけられないのか?
 いじめを告白できない子供の気持ちとは…
 SOSを届ける子供と沈黙を守る子供の差は悲劇を生む
   私は絶対いじめを許さない!

2.中学生のときに切れていく
 子供はいきなりグレない、キレない!
 切れる子供もSOSを発信している
 大人が嫌いになる理由。そしてエスカレートしていく子供とは…

3.高校生のとき防波堤になってくれた人
 学校を辞めるといったとき、学校を辞めさせなかった執念とは…
 荒れる私を家族は見放さなかった。言い続けてくれたこと
 口の堅い親友がいた。だから乗り切れた

4.大人の役割
 携帯メールが引き起こすいじめ問題に取り組んだ東京の中学校教諭
 夜のパトロールを開始して少年犯罪減少日本一にした鹿児島の商店街会長
 PTAが立ち上がった!中学校にパトカーを出入りさせない決死の親たち


■参加型

私の、講演会は講話のみでなく、同じ時間を共有していただくため「挙手」での参加型です。実際、いじめ・キレる子どもの目線を体験していただきたいと思っています。

特に、10代のお子さんを育てていらっしゃるお母さま、PTAに参加されているお母さまにお伝えしたい内容です。


■講師謝金の目安

10万円以上の弊社規定はございますが、予算のご相談には
のっておりますので、お気軽にお問い合せください。

PTAなど、予算のご相談に乗っております。
いじめに対して真剣に取り組んでいる主催様には、真摯に対応して
おりますので、まずはご連絡ください。

謝金は柔軟にご対応いたしますので、こちらの講演会のお問い合せフォームから
お気軽にご相談ください。


   


笹岡への講師のご依頼は、
まずは下記までお問合せ下さい。


講演会のお問合せはこちら

24時間以内にご返答させていただきます。

 「講師を依頼したい」
 「費用や謝金はどのくらいかかりますか?」
 「どんなところでも来てくれますか?」


 など、講演会のご依頼について何でもお気軽にお問合せ下さい。
 お電話でも受け付けています。
 06−7878−6904
 受付時間 月〜金 9:00〜18:00(土日祝除く)


■経歴
1965年 高知県生まれ
高校卒業後、米国化粧品会社の営業社員として百貨店に勤務。その後転身して、日商2級取得し経理畑12年。 会社の鏡として映し出される経営管理の仕事にのめり込む。 大手派遣会社の管理部門に勤務時代、新システム立ち上げのプロジェクト責任者となる。’00年に入社した大阪の中堅外食企業では、半年後に経理係長、1年後に経理課長へと昇進。企業の体力である人材育成を提唱し、会社の改革に取り組んで実績を残す。 企業改革の実体験を通して、独自の人材育成理論を確立。’03年、有限会社ノモ・ソリューションを設立。
■主な著書
中学3年生の春、著者は脊柱そくわん症を発病した。

手術か養護施設かで悩み、やがてその後の人生に大きく影響する決断をする。障害、そして偏見と闘いながらも心の痛みから積みくずしのように非行に走った多感な青春時代。その経験が、やがて社会に出てから負けず嫌いのエネルギーとなった。学歴がなくても、ワルをやっていても、自分の会社をつくり人生を逆転させた。波乱に満ちた痛快奮闘記である。
 
笹岡郁子著
「十五歳の決断」



いじめ人権講演会の講師をお探しの主催者様へ
笹岡よりメッセージ







| ホーム |  笹岡郁子とは? | 実 績 | お客様の声 |  マスコミ掲載 |  講演会ブログ |  お問い合せ |  会社案内 |
Copyright 2016 10代の子ども人権講演会講師・いじめ問題 All Rights Reserved