私は、いま、人権講演会の講師、社員研修の講師をして先生と呼ばれる立場にいます。三菱化学、四国電力、新日本製鐵の超一流企業のエリートサラリーマンを前に研修をすることもあります。
しかし、誰もが納得するような、華々しい経歴を持っている優秀な人間だったわけではありません。
それどころか昔は、手のつけられないヤンキーだったのです。
どれほど悪かったかというと、中学校の頃、パーマをかけて髪の色を金髪に染め、制服には、いつも煙草の匂いが染み込んでいました。先生が大嫌いで、反発ばかりしていました。
「笹岡!!パーマかけてるだろう?」
グラウンドで部活をしていた生徒たちが、いっせいに振り向いてこちらに注目するほど、大きな声で先生が、私に怒鳴りつけました。
「かけてないよ。」
「嘘つけ、じゃぁこい!」
先生は、私の制服のブレザーの襟元を、首が苦しくなるくらい上につかみ上げました。
そのまま、水飲み場に引っ張り出され、蛇口のところに頭をつけられ、水を流されそうになりました。こんな格闘技さながらの取っ組み合いが、毎日のように繰り広げられていました。
しかし、こんな風に私が手のつけられない生徒になったのは、理由がありました。15歳のある日、医者から障害者の宣告を受けたのです。
脊柱そくわん症という背骨の曲がる病気で、ブレザーを着ていてもくの字に曲がった背骨の出っ張りが目立つほどでした。
一度曲がり始めた背骨は加速していき、内臓を圧迫し始めました。体育の授業で、たった1周のランニングが、胸を押さえてかがみ込むほど、呼吸をさえぎるほどでした。
そして、この病気を治すためには「リスクのある手術をするか、普通高校に通わず養護施設に入園してリハビリをしながら治すか」2つしかありませんでした。
年の離れた大人に、明かりで浮き出た背骨のレントゲン写真の説明を受け、どちらかに決めなさいと選択を迫られて、唇が震え、涙がポツポツと制服のスカートに落ちました。
このことがキッカケで、差別やいじめられるのが嫌で、不良の仲間入りをしていったのです。10代後半は、やり場のない怒りを、外にぶつけて過ごしていました。
その後、私を取り巻く防波堤によって、奇跡的にも更生することができたのです。
■教育委員会、PTAの方へ(人権講演会)
〜10代の子どもたち人権問題・青少年健全育成について〜
子どもたちに大人がどう接していけば良いのか、是非、講演会で話して下さいと依頼を頂きます。
私は10代の頃、病気がキッカケで手の付けられないほどグレました。生きることさえ希望を持てずに、不良グループの仲間入り。そこからは、坂道を転げ落ちていく10代でした。
でも、私の周りには、いくつも防波堤がありました。立ち直るまでに、6年、7年とかかりましたが、周りの大人たちのお陰です。
決して、自分ひとりで頑張ってきたわけではありません。
■いじめ
■障害と非行
■人生を切り開いた
周りが諦めずに声をかけ続けてくれたのです。
カリスマ教師に出会ったわけでもなく、大きな事件がキッカケになったわけでもありません。いつも見慣れた大人、いつもと変わらない日常の中で、私は立ち直っていきました。
子どもはいきなりグレない、キレない!
なぜ親は子どものSOSを見つけられないのか?
いじめを告白できないの子どもの気持ちとは…
親と子のかかわり方、接し方
身内の応援が不良の心にブレーキをかける
先生でも「この人は守ってくれる」と子どもに届く対話法
私が経験してきたように、子どもたちに声をかけられる大人でいたいと思います。
10代の子どもたちの教育も社会人の教育も、基本は同じです。
いまマスコミで取り上げられるようになったのは、誰もが「自分の心ひとつで人生が変わる」小さな例として紹介されていると思っております。教育は、生涯続きます。人の心も開くことが出来ます。
そして、
いじめには、「見えるいじめ」と「見えないいじめ」があります。
見えないいじめはマニュアル化できません。見えないいじめに愛情を注げるのは身近にいる大人たちです。
私が体験したように…。
■10代の子どもたち講演への想い〜子どもは社会の鏡〜
社会人になって、大きな仕事を任されていく度、10代の経験が活かされていきました。10代の子どもたちだって、社会人だって「声かけ」、「見てあげる」ことが大切です。必要とされることで、自分の居場所があり安心できるという喜びがあります。
あの頃、私に防波堤がなければ、「人生の選択」を間違えていたことでしょう。逃走したままの人生だったかも知れません。諦めの人生だったかも知れません。
大人たちの惜しみない愛情は、すぐに分かりませんが、ちゃんと届きました。大人が私に真剣に向き合ってくれているかどうか、社会経験が無くても分かりました。
今となっては、「このまま、放っておいたらこの子危ない」と察知できます。昔の勘というのでしょうか。私の身内でも実際にあり、事前に忠告したことがあります。
親は、「まだ子どもだから大丈夫」私の声に耳を傾ける様子がありませんでした。子どもと一緒に生活をしたことが無くても、SOSは見えます。結果、残念な方向に行きましたが、だからこそ「子どもは社会の鏡」である様に、ひとりの大人として体験をお届けしたいと思います。
|